心理カウンセラーに転身した中元日芽香がオフィシャルサイトを開設しました。1年前に乃木坂46を卒業して芸能界を引退し、療養に専念していたようですが、早稲田大学に通いながら新しい道を切り開くビジョンと情熱とは?
中元日芽香オフィシャルサイト
以下のサイトを11月20日にオープンしました。
プロフィールを見てみると、以下のようです。
中元日芽香 なかもと ひめか
1996年4月13日生まれ。広島県出身。早稲田大学在学中。
日本推進カウンセラー協会認定
心理カウンセラー&メンタルトレーナー2011年から6年間、アイドルグループ「乃木坂46」のメンバーとして活動。2017年、グループを卒業する。
自身の経験から、心理カウンセラーになることを決意。グループ卒業後、ハートフルライフカウンセラー学院で認知行動療法やカウンセリング学などを学ぶ。
2018年、心理カウンセラーとして活動を始める。
そしてブログの抜粋を引用します。
・・・悩んでる人たちにそっと寄り添う存在になりたい。それから、メンタルヘルスの正しい知識をもっとたくさんの方に知ってもらいたい。
贅沢ですが、今の私ならどちらの望みも実現できるのではないか?そう思ったのです。
アイドルとして、メディアに出演したり誰かに楽しんでもらうお仕事を経験しました。誰もができることではないと思っています。私の財産です。
そして、若いカウンセラーはあまり聞きません。22歳の私だからこそ応えられることがあると思います。必要としてくれる人が必ずいると信じています。
いずれは専門分野を絞って、それに特化したセッションを行うようになりたいと考えています。
今の私にできるのは「入口」になること。
カウンセリングに興味を持ってもらう、体験してもらう。 そうやって広めていきたい。・・・
若者らしいビジョンと情熱を感じます。
私がうつ病を発症した時の状況
うつ病、「抑うつ状態」と診断されたのは私が34歳だったと記憶していますが、なにせ30年前の事なのでかなり曖昧ではありますが・・・
独身時代は小さな会社で一人で黙々と自分の仕事をするのが好きでした。29歳での結婚後に妻から勧められて大企業に転職してからはそうも言っていられなくなりました。
商品開発という職種は転職前から転職後も変わってはいませんでしたが、組織で行う仕事に不慣れだったので、最初はかなり苦労しました。
5年経った頃にうつ病を発症しました。激務による疲労とストレスの蓄積が主要因でしたが、きっかけは人間関係の板挟みでした。
当時は「イメージ・スキャナー」という商品の開発に携わっていました。3機種を同時開発していたのですが、そのうちの2機種の開発のリーダーを兼務していました。
そのうちの1機種は、海外のメーカーからOEMによる専用スキャナーの開発を委託されていました。
そのメーカーは主に「パーソナル・リーダー」という視覚障がい者向けの本を音声合成で読むシステムを開発し販売していました。
人工知能(AI)や画像認識を民生で活用するシステムの走りでしたが、コンピューターやソフトウェアの技術が今のように高度では無かったので、スキャナー側にそれに特化した特殊な仕様が要求されていたのですが、開発は難航していました。
そうした状況下で、上司の部長と、部下のサブ・リーダーが技術的な見解の違いで対立し口論するようになり、私はその間に入っていたことがうつ病を発症するトリガーになりました。
精神科医師によるカウンセリング
当時の診断名は「抑うつ状態」でしたが、それから5年後には「双極性感情障害」に変更されました。
あさイチで「うつ病」?私は実は「双極性障害」だった?! >>>
発症後は精神科に通って、精神科医師によるカウンセリングが2週間に1回のペースで行われました。初期を除いては1回のカウンセリングの時間は5分から10分と短いのですが、習慣化するとそれでも十分な状態になります。
私の経験では、本人にとっては最初の一歩が非常に重要だと感じます。
私の場合は、発症時は会社に出社も出来ず、自宅にも戻れず、電車に乗って始発駅から終点までを行ったり来たりして一日を過ごしました。
夜中の午前3時頃にやっと公衆電話から自宅の妻に電話をして、妻が迎えに来てくれ、翌日妻が精神科の診察に連れて行ってくれました。
こういう状況では、本人は自分ではどうすることも出来ない状態にあるので、家族や周囲の人間のサポートが重要になります。
そして、カウンセリングを受け始める最初の一歩を踏み出すことが非常に重要です。
「今の私にできるのは「入口」になること。」by 中元日芽香
まとめ
中元日芽香が決めた「心理カウンセラー」としての再出発に至った経緯はわかりませんが、おそらくある意味での「挫折」が新しい価値を生んだのではないか?と想像しています。
自分を見つめる時に、「挫折」や「辛い体験」というのは、本来は忘れて意識を切り替えて前向きに頑張ろうとしたいです。
しかし、多くの偉人はこの「挫折」経験者が多いということは、それを土台にして新しい価値を生み出したのではないか?とさえ思えます。
中元日芽香に見えている新しい職業に対する着眼点やビジョンや視点は、ひょっとすると多くの若者に勇気と希望を与えるのではないか?と楽しみです。広島人として今後も応援していきたいと思います。
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ではでは、きらやん